【心配の落とし穴】

やさしさなのか疑いなのか・・・・

私たちは、誰かを大切に思うとき、自然と「心配」という言葉を使います。

「子どもが怪我しないか心配」
「受験がうまくいくか心配」
「うちの子は大丈夫か心配」

一見すると、とても優しい言葉のように感じます。
そこには確かに「愛」や「思いやり」があります。

しかし、少し考えてみると、「心配」という言葉はもう一つの側面があることに気づきます。

それは、心配のエネルギーは、実は未来への不安を強めてしまう波動を持っているということです。

人の現実は言葉や思考だとすると心配がマイナスに働くエネルギーであることが何故なのかを考察していきます。
密教の世界では、「身・口・意(しん・く・い)」が一致したときに現実が動くと言われます。
つまり、

  • 何を思い(意)
  • 何を言い(口)
  • どう行動するか(身)

この三つが調和すると、世界が動くのです。
一般的な言い方ですと念願成就、目標達成、引き寄せなどでしょうか。

「心配だ」と思い、
「心配だ」と言い、
「心配だから守ろう」と動くとき、

そこには無意識に「これは危うい」「これは不十分だ」「良くない」という波動が含まれてしまいます。

それは愛のつもりでも、相手には
「私は信頼されていないのかな…」
という見えないメッセージとして伝わることがあります。

そこで私たちは、新しい選択ができます。

「心配する」から
👉 「信頼する」へ。

たとえば、

  • 「危ないから心配」ではなく
    「あなたなら大丈夫、信じているよ」
  • 「受かるか心配」ではなく
    「ここまで頑張ったあなたを信じているよ」

言葉を変えるだけで、子どもの心の中に生まれるエネルギーはまったく違います。

日本では「言葉は言霊」と言います。
言葉は現実を形づくる力そのものです。

「心配」という言霊は、守る力であると同時に、縛る力にもなります。
「信頼」という言霊は、守りながらも自由に羽ばたかせる力になります。

だからこそ私たちは、思いやりを捨てるのではなく、
思いやりの形を心配から信頼へと進化させていきたいのです。

相手を想う気持ちはすでに十分です。
その愛情や思い遣りの表現を、少しだけ「信頼の言葉」に変えてみてください。

子どもだけでなく人は、信頼の中で、より大きく、より強く、より優しく成長していくと私は考えております。

心配するより信頼しよう 今日からぜひ使ってみてください。(お勧めです)