お釈迦様の教え

― 因縁生起という構造の発見 ―

お釈迦様は今から約2,600年前、
インド北方(現在のネパール付近)に王子として誕生されました。名をシッダールタ。
釈迦族というのは部族名。王子様ですから

何不自由ない生活。
しかしある日、城の外で目にします。

1老いた人。
2病に苦しむ人。
3苦しみ亡くなっていく人。
4そして修行者。

これが「四門出遊」と呼ばれる出来事です。

ここで初めて、
人生は苦を避けられないと知ります。

そして29歳で出家。
王子の身分を捨て、苦の原因を探す旅に出ます。

6年間の厳しい苦行。
断食、瞑想、極端な修行。

しかし気づきます。
これでは悟りも答えも至らない。

そこで「中道」に立ち、菩提樹の下で深い瞑想に入り、ついに悟りを開かれました。

その悟りの核心が
因縁生起(縁起)と言われるものです。
教学者からしたら浅いと言われるかもしれませんが、私が解釈できる情報としてご理解ください。


因縁生起とは何か

すべての出来事には
原因(因)と条件(縁)があり、
結果(果)が生じる。

偶然はない。
単独で存在するものもない。

チューリップを例にすると
球根が因。
しかし球根だけでは咲きません。
温度、土、水、日光、肥料、人の手入れ。
それらの縁が整って結果花が咲く。

これが縁起です。

『阿含経』にはこうあります。

「これあるがゆえにかれあり。これ起こるがゆえにかれ起こる。
これ無きがゆえにかれ無く。これ滅するがゆえにかれ滅す。」

Aという因と縁があればBが起きる。
因と縁が消えれば結果も消える。

怒りも、争いも、成功も、失敗も。すべて構造です。

ここが分かると
「誰かのせい」から
「因と縁を見る」へと意識が変わる。

これが智慧と説かれています。

善い結果には善い原因(たね)がある
悪い結果には悪い原因(たね)がある

善因善果
悪因悪果とも言います。


四諦

お悟りの後、お釈迦様が最初に説いたのが四諦と言われています。

諦めるとは、投げ出すことではありません。

明らかにすること。

① 苦
 人生には苦がつきもの。
② 集
 その苦の原因を集めてみる。
③ 滅
 その苦は滅することが可能である。
④ 道
 滅するための道を歩むことのすすめ。

 苦集滅道。
 非常に合理的です。

経営に例えれば問題を認識し、原因を分析し、改善策を立て、実行する。

精神論ではなく構造の問題です。


縁起と無我

縁起は単なる「きざし」ではありません。

よく「縁起が良い・悪い」と言いますが、
本来は吉凶の話ではありません。

本来の意味は、
すべては相互依存して存在している
ということ。

あらゆる存在の関係が発生しているので自分ひとりで生きていると
思いがちに生きるとずっと苦が回る。

もっと言うと自分以外のもので自分が成り立つ 笑 

自分だけで生きているのではない。

空気、食べ物、両親、社会、過去。
無数の因縁の上に今がある。

そのため縁起は
・無我
・空
・中道
・法(真理)
と同じ意味を持ちます。

「縁起を見る者は法を見る」

因縁の道理を理解することが
仏法を理解すること。


苦とは何か

縁起を悟ったお釈迦様は、
人生の苦を明確に示しました。
四苦八苦です。

生・老・病・死。

誰もが避けられない苦。

さらに4つ
愛別離苦
怨憎会苦
求不得苦
五蘊盛苦

苦しみは外から来るのではなく、
自分の内側や執着によって増幅する。

老いることが苦しいのではない。
若さへの執着が苦を生む。

別れが苦しいのではない。
永遠を求める心が苦を生む。

求めすぎる欲望は袋のよう。
満たしても広がる。

ここに三毒(貪・瞋・痴)も関わります。


因縁生起は救い?

因と縁で苦が生じるなら、
因と縁を変えれば結果も変わる。

怒りの因を減らせば、
怒りの果は減る。

環境を整えれば、
結果は変わる。

だからお釈迦様は
絶望ではなく、希望を説きました。
僕も言いたい。
悩みや問題にフォーカスする結果は悩みと問題の原因しかないということ。
希望にフォーカスした結果は希望の原因を植えることができると。

私の解釈は お釈迦様の教え≒縁起論

希望の構造です。


今に活かす

社会も地域も家族も組織も同じ。

衝突も因縁。
成功も因縁。
単体で起きていることはありません。

縁起視点を持てば
全て原因があり原因の根本は自分自身。

怒る、悲しむ、嫉妬するより、構造を変える。

これを中道と解釈しています。


最後に

私はお釈迦様の教えを
宗教的な解釈にしておらず思想の発展としています。

苦の構造を明らかにし、
因縁を理解し、
実践で変えていく道。

諦めるとは、
明らかにすること。

縁起とは、
孤独ではない証明。

今この瞬間も、
無数の因縁の上に成り立っています。
という私もあらゆるものや人に活かされてここまで来たとようやく気づけました。
まだまだ道半ばですが。

それに気づくと、少し優しくなれる。
少し冷静になれます。