量子力学を事業へ活かす

― 密教哲学から考える「未科学」の時代 ―

私たちは今、とても不思議な時代に生きています。

物質は満たされました。

食べるものがあり、着るものがあり、便利な機械があり、スマートフォン一台で世界中とつながることもできます。

では、これから人は何を求めるのでしょうか。

私はこれからの時代、
「非物質的なもの」の価値が、ますます大きくなるのではないかと考えています。

想い、信用、安心、共感、物語、理念、関係性、経験、言葉。

これらは手でつかむことができません。

しかし、確かに人を動かし、会社を動かし、時には人生まで動かします。

実際、現代経済でもデータ、知識、ブランドなどの「無形資産」は企業価値を生む重要な資本として扱われています。

私はここに、量子力学と密教哲学を重ねて考える面白さがあると思っています。

二重スリット実験が問いかけているもの

量子力学には有名な「二重スリット実験」があります。

電子や光子を一つずつ飛ばしても、どちらの穴を通ったかという経路情報を測定しなければ、最終的には波のような干渉模様が現れます。

ところが、どちらの穴を通ったのかという情報を得られるようにすると、その干渉が失われます。

ここで注意しなければならないのは、

「人間が意識したから物質が変わった」

と科学的に証明されたわけではないということです。

量子力学でいう「観測」は、人間が目で見るという単純な話ではなく、測定装置や周囲の環境との物理的相互作用を含んだものです。

それでも、

私たちが日常で見ている世界ほど、自然界は単純ではなかった。

これは確かだと思います。

粒なのか。
波なのか。

どちらか一方だけでは説明できない。

私たちが長い間「物質とはこういうものだ」と思っていた常識そのものが、量子の世界では通用しなくなるのです。

世界は一つなのか

量子力学には「多世界解釈」という考え方もあります。

簡単に言えば、ある出来事に複数の可能性が存在するとき、一つだけが残ってその他が消えるのではなく、それぞれの可能性が異なる世界として存在すると考えるものです。

いわゆる「世界線」という言葉を連想させる考え方です。

ただし、これは現在の科学で「別の世界が存在する」と確認されたという話ではありません。

量子力学をどう理解するのかという一つの解釈であり、他の解釈と実験的に明確に区別できているわけでもありません。

私は、ここが面白いと思うのです。

「科学で証明されていないから存在しない」

でもなく、

「不思議だから何でも存在する」

でもない。

その間に、

まだ私たちが知らない。

という広大な領域があります。

私はこれを「未科学」と呼んでみたいと思います。

非科学ではありません。

科学を否定するのでもありません。

今の科学では、まだ十分に説明できていない領域です。

科学とは本来、「わからない」を排除するものではなく、「わからない」を一つずつ明らかにしてきた営みなのではないでしょうか。

「どうしてか全部はわからない。でも確かに起きる」

面白いことは、私たちの身近にもあります。

たとえばプラセボ効果やノセボ効果です。

薬そのものの作用だけではなく、

「効くと思う」
「悪くなるかもしれないと思う」

といった期待や、その場の言葉や文脈によって、痛みなどを含む身体反応が変化することが、多くの研究から確認されています。もちろん万能ではなく、病気を気持ちだけで治せるという話でもありません。

しかし、

目に見えない「期待」が、目に見える身体の現象にまで関係する。

これは非常に興味深いことです。

人間は物質だけでできているようで、物質だけを扱えばよい存在ではないのだと思います。

これは密教が昔から問い続けてきた世界でもある

般若心経には、

「色即是空 空即是色」

という言葉があります。

「色」とは、この世界に現れている形あるもの。

「空」は単なる「何もない」という意味ではありません。

あらゆるものは単独で固定して存在するのではなく、無数の縁や条件によって今この姿として現れている、と私は受け取っています。

会社も同じではないでしょうか。

建物が会社なのではない。

商品が会社なのでもない。

社員だけでもない。

お客様との御縁、
スタッフ同士の信頼、
地域との関係、
積み上げてきた歴史、
理念、
言葉、
信用。

目に見えない無数のものが重なり合って、

「会社」という一つの現象が現れています。

だからこそ私は、

これからの経営は「見えるもの」だけを経営していてはいけない

と思っています。

売上を見る。
会員数を見る。
利益を見る。

もちろん大切です。

しかし同時に、

どんな言葉が飛び交っているのか。

どんな空気をつくっているのか。

お客様はどんな気持ちで帰っているのか。

社員は何のために働いているのか。

地域からどれほど信用されているのか。

こうした数字になりにくいものも経営しなければならない。

量子力学を経営手法にするのではない

私は「量子力学を使えば売上が上がる」と言いたいのではありません。

量子力学をそのまま経営理論に持ち込めば、科学と哲学を混同してしまいます。

私が学びたいのは、その奥にある問いです。

私たちが見えているものだけが、世界のすべてなのだろうか。

そして密教もまた、

目に見える現象の奥にある縁や心の働きを、長い時間をかけて見つめ続けてきたのではないでしょうか。

物が不足していた時代は、
「何を持っているか」が豊かさでした。

物が満たされたこれからの時代は、

「誰と生きるのか」
「何を信じるのか」
「何に感謝するのか」
「どんな意味を持って働くのか」

こうした非物質的なものが、より大きな価値になるのではないかと思います。

だから事業も、

物を売る時代から、意味を創る時代へ。

水泳を売るのではなく、その子が生きる力を育てる。

施術を売るのではなく、自分の身体を大切にする未来を創る。

運動を売るのではなく、人生をよりよく生きる習慣を創る。

そして会社とは、商品を提供する器ではなく、

まだ形になっていない可能性を、縁によって現実へと顕していく場所なのかもしれません。

科学でわかっていることを大切にする。

同時に、科学がまだ説明できていないものに対しても、謙虚でいる。

私はその間に、これからの事業の大きなヒントがあるように感じています。

「わからない」を恐れるのではなく、

「まだ、わかっていない」と考える。

その余白にこそ、

次の科学も、
次の事業も、
次の世界も、

生まれてくるのかもしれません。